買い物を済ませてマンションの自室へと戻る間、私は溜め息ばかりをついていた。端から見れば不幸を呼び寄せる女に見えたかもしれない。
つい先日の話しだ。家族の一人・・・・犬なのだが・・・・が、死んでしまった。小さい頃から一緒に育ってきた、本当の家族の様な存在だった。
少し前から弱ってはいたものの・・・・まだ大丈夫だと、高をくくっていたのかもしれない。それとも、信じたくなかったのか。
何れにせよ、獣医を目指す私としては、あってはならないことだと思う。
「・・・・・・はぁ・・・」
また、溜め息が出る。しばらく止められそうにない。
私の部屋は、二階建てのマンションの最上階にある。つまり二階である。
マンションのくせに二階までしかない、とも思うのだが無駄に横が広かったりするのだ。
そしてそのせいもあって、私の部屋は階段から随分と遠くにあったりするのである。
最寄りの駅から遠くも近くもなく、日当たりは良好。けど近所の人間との交流は最低限しかなく、ありがたくもあり淋しくも思う。
愛着はないが気に入ってはいる、つまりはそういう場所なのだ。
ただ今は、そんなことはどうでもいい。
「・・・」
階段を上がりきった所から自分の部屋の入り口に目を向けた時に、嫌なモノが目に入った 気がした。
気がした、というのは反射的に"それ"を目にした時に、顔を思わず背けたからである。
嫌なモノ というのは、人間だった。しかも、倒れた人間である。
どうか見間違いでありますように。と祈りつつ、視線を戻す。やはりそれには倒れた男性がいた。
しかもやはり、私の部屋の目の前である。
瞬時に思った事は、3つ。
生きているだろうか。
救急車を呼んだほうが良いのだろうか。
どうして私の部屋の前なんだろうか。
その生き倒れ(?)た男に近付こうかどうか、たっぷり1分は迷っただろうか。
酷い人間だと思わないで欲しい、正常な人間なら思考くらい停止するはずだ。私の場合は少し長かったと、それだけのことである。
とりあえず精一杯の勇気を振り絞って、男に近付いていく。生きているのか死んでいるのか、顔を伏せられたままではわからなかった。
「あの」
少し遠目、2mくらいの距離から声をかけてみる。反応なし。
「大丈夫ですか?」
恐る恐る、声をかけながら近づいてみる。
「ご飯のにおひ!」
「きゃぁあ!?」
男が叫びながら飛び付いてきたので、逃げようとして 尻もちを付く。男は私の身体……ではなく、買い物袋に飛びついていた。
「飯!飯!」
がさがさと盛大にポリ袋を漁っている。目が爛々とし、その様が少し・・・・・・というかかなり怖い。
私の方に目が向いてないのが、せめてもの救いだろうか。
「ゥ・・・」
男の手が止まったのと同時、また地面へと倒れてしまった。飛び付いてきたのと同様、一瞬の出来事であった。
しばらく呆然と、その男性を見下ろす。これは勿論、警察を呼ぶべきだと思う。そう、思ったのだが・・・・・・。
ぐぎゅるるる・・・
漫画の様な。しかし実際聞いてみると本当にこの様な音の腹の虫が鳴った。私ではなく、倒れた男性からである。
足で突っついて見ても、反応はない。かと言ってやはり死んでいるわけでもなく、気を失っているのだとわかった。
がつがつぐっちゃぐちゃ
下品極まりない音が部屋の中に響く。遠慮も何も無い、ある意味豪快で見事な食べっぷりである。
勿論私がこんな事をするはずがなくて、発生源は目の前の足を縛られた男からだ。
野放しは危険過ぎるので、私が犬の手綱を家の支柱と彼の股にきつく撒いていた。
ドッグフードを何の躊躇も無く、しかも箸もスプーンも使わず、手で掴みとるでもなく犬食いで腹に流して込んでいく。
そんなに勢いよく食べられると、なんだかとても美味しい物に見えて、こっちも食べたくなるような・・・・・・。・・いやいや。
「ごちそーさま」
男は最後に口の周りをペロッと舐めると、私に笑顔で空になった皿を差し出した。ご満悦らしい。
「で、あんた誰?」
ずり落ちた眼鏡を直しつつ、ちょっときつめに聞いてみる。まだなんとなく、警察には連絡していない。
不審者過ぎるけれど、悪党という顔でも無い・・・・・・様に見える。
「名前は・・・・・・無いかなあ」
男性は申し訳なさそうに、がりがりと頭を掻く。フケっぽいのが舞い上がった。最悪である。
「警察に突きだして欲しいわけ?」
「え、ちょ。それは嫌だ」
「なら名前くらい言いなさいよ。今時何処の浮浪者にも名前くらいあるでしょ」
「いや、それが今は無いんだってほんと。信じてくれよ美穂」
美穂、というのは私の下の名前である。
「・・・なんで名前知ってるわけ?初対面よね、確か」
「あー・・・・・・」
更に困った様に頭を掻く男。更に舞うフケ。
「ほら、外に書いてあったじゃんか。四角い紙にさ」
多分、表札の事を言っているのだと思う。 だとしても普通、下の名前を馴れ馴れしく呼ぶものだろうか。
ラチが明きそうにないので、取り合えず名前の事は置いておくとする。
「それで、なんで私の部屋の前に倒れてたの?正直言うと凄く迷惑なんだけど」
また彼は、困った様な顔をした。少々言動がきついのは私の性格である、よく人に注意されたりもする。
「・・・美穂なら食べさせてくれたり泊まらせてくれるかなぁ、なんて思ったからさ」
電話を取る。1、1、0と。
「いや、待て!いや待って下さい!」
男が必死で手を伸ばすが、受話器には届かない。私も冗談のつもりでやったので、すぐに受話器を戻した。
慌てた様子が、少し笑える。
「いつもは優しいのに・・・・・・怖いなあ・・・」
いつも、というのは何時の事を言っているんだろう?
疑問が多すぎて、なんだか相手をするのが疲れてきた。
「・・・一晩で帰りなさいよ。それと、私に手を出したら殺すから」
その言葉を彼は、私の優しさだと感じたようだった。顔をほころばせて私に抱きつこうとしてくる。
蹴っ飛ばすと、また涙目になった。
風呂場から戻ってくると支柱に縛り付けておいたハズの彼が、鏡の前で何かをジッと見ていた。
彼を縛っていた縄が、引っかかれたようにボロボロになっている。
さっきとは違う、真剣な顔付きをしていた。
何を見ているかと思えば・・・・・・犬の写真であった。
「この犬ってさ・・・」
彼が周りのくつろいでいる犬や猫を見ながら、私に問う。
「・・・先日にね、亡くなったんだ。
小さい頃から一緒に育って来た子で・・・・・・ずっと一緒だったんだ」
「・・・どんな子だったの?」
「うん・・・。素直で、可愛くて、温かい子だったかな。
小さい頃に病気になって、それが私が獣医を目指すきっかけにもなったんだけどね・・・」
でも、私は救えなかった。
知識が足りなかったとか、そういうのが原因ではなくて。私が愚かだったんだ。
「なんか、自信が無くなっちゃったっていうか・・・・・・このまま獣医を続けて良いのかどうか、悩んじゃうんだよね。
・・・大学、どうしようかな・・・・・・」
言ってから、どうしてこんな事を話しているのかを疑問に思う。
別に彼がどうのこうの、とは違うんだろう。ただ単純に、誰かに愚痴を言いたかっただけなのかもしれない。
今までにそんな相手もいなかった、そういうことだろう。
「美穂はさ、後悔してるんだ?」
「・・・う、ん。そうかもね・・・」
「だったら俺はさ、続けた方が良いと思うよ。
夢を諦めちゃうのも一つの答えだと思うけど・・・・・・動物に対して愛情が無くなったわけじゃないでしょ?
俺はその子じゃないからわからないけど・・・美穂がそうやって思ってくれたんなら、その子は幸せだったと思うよ」
彼は写真と私の顔を交互に見て、少しだけ笑った。
「大学、もうちょっと頑張ってみてよ」
少しの間、何も言えなくなった。
先程のだらけた印象の彼が見せた意外な一面に驚いた、というより 優しい言葉が胸を刺したのかも知れない。
無言のまま犬の首輪を彼の首に引っかけて、リードを柱にまた巻き付ける。
「え、なんで!?」
「・・・うるさい。あんたに説教される覚えなんてないのよ。
黙って縛られなさい」
本当を言うと照れくさかっただけで。
私にはお礼を言う素直さが無かった。
結局彼を泊める事になってしまったので、どうしようかと考える。
隣りで寝させる、という考えは無かった。私が男と・・・・・・、考えるだけでも鳥肌が立ってしまう。
というわけで、
「縛られたまま寝なさい」
野放しにするのはさすがに危険過ぎるので、そういう結論になった。彼が特に反論もしなかったので、毛布を一枚かけてやる。
「下手な事したら、本当に殺すから」
「大丈夫大丈夫。飯も寝床もくれた人にそんなことしないって」
軽い口調が怪しいものの、結局そのまま寝る事になった。疲れていたのだか知らないが、彼はすぐに寝息を立てる。
「・・・ん?」
その時また、不可解な物が目に入った気がした。
彼の頭・・・・・・に、耳? 犬、の・・・?
なんだろう。驚きよりも、触ってみたいという衝動が出てきた。素性だけでなく、彼は身体も『変』らしい。
深く考えると嫌な事になりそうなので、目を閉じる。
夢、だろうか。
亡くなった犬と一緒に遊ぶ私がいた。外見からして、かなり最近だと思う。
それなのに、元気に遊び回るような、そんな夢だったと思う。
昨日も似たような夢を見た気がするのだが、今度は悲しくは無かった。
きっと、彼は幸せでいてくれたと思う。精一杯愛情を注ぎ込んだのだから、間違いないだろう。
次の日に目が覚めると、縛ったままの彼はもう居なかった。本当に一泊しただけで、もう帰ってしまったらしい。
ちょっとだけ、本当に少しだけ 寂しいとも思う。でも、心細いとは思わなかった。
彼からはもう、大切な事を教えてもらったからだろうか。
彼が何者か、なんて事は大体想像が付くけれどあまり考えない事にしよう。これからきっと、私は忙しくなるはずだ。
「・・・とりあえず、大学に行きますか」
まだまだ、夢の途中。
-あとがき-
まず初めに・・・・・・私はペットを飼ったことがありません。
ですから作中のペットを失う哀しみ、とか喪失感というものは 正直わからなかったりします。
そんなので彼女・・・美穂の心情が書けるか と問われると、やっぱり難しいんですよね。
それなのにどうしてこういう文章を書いたのかと言うと・・・・・・最近世間で、嫌な事が多いからですかね。
ペットを失う哀しみ、はわかりませんが、家族を失う哀しみならわかると思います。
『野良男』はwebで公開する私の小説の一番目にあたるわけですが、私の文章には必ず一つのテーマが入っています。
同管理人のつちのやしろ氏には今までの作品も大体見せているので、わかるのかな?
ちなみに今回のテーマは「夢」。獣医になるという彼女の夢ですかね。「命」が多い私の文章の中では珍しいかも。
夢、というと 寝る時に見るのも夢ですよね。聞いた話だと、起きる5分前の夢しか頭には残らないらしいです。
凄く長く感じるのに、不思議ですね。夢は時間を超越するんだろうか・・・。
ちなみに私は自分が殺される夢を良く見ますよ^^^^^^^^
話しが逸れたので戻します。
目標の「夢」と寝る時の夢。意味は違いますが、根本的に同じかと思います。どっちも理想が入り交じってるとことか。
野良男の登場人物について。まずは美穂から。
・・・怖いョ!おねぃさん怖いョ! 蹴っ飛ばさないでョ!
女性をここまで激しく書くのは初めてです・・・・・・恐ろしい・・・。怖い人ですが、優しい面もあったようですね^q^
名前は確か、高校在学中にいた人だったかな。ただその人とはまったく接点が無かったです。
次野良男。
名前が無いのは私が考えなかっただけです^^ というより、必要ないかな と。
性格は自由奔放、マイペース。ドッグフードを食べる時に犬食いなのは、スプーンとかの使い方がわからんからです。
ここが一応伏線だったんですが・・・。勘のいい人ならわかった ハズ?
さて長くなったのでここいらで終わりにします。
最後まで読んでくれた方ありがとうございました。TOPのウェブ拍手で感想送ってくれれば嬉しいです。
それでは、またの作品をご期待下さい。